データ経済社会に生きるということ

データ経済社会に生きるということ

データ経済社会になったら、API化されてないサービスは生き残れなくなる。全部がデータでつながってシームレスに生きられるのは便利だけど、API化されないようなアナログなサービスだって残っていくわけで、そのサービスを使う選択肢が狭められちゃうということがあるわけだよね。
 
選択肢が豊富であることが豊かさだと思っていたけど、
選択肢が豊富すぎて悩んでしまう時代になった時に、
それをデータ経済というシステムが解決するわけだけど、
また新たな問題も生むのだろうか。
 
言葉が難しくってわかりにくいかもだけど、
子供の教育なんてまさにそうんだなよなあ。
 
たとえば、生まれたときから小学生までの学習履歴・病歴とか生育歴など、いろんなパーソナルデータを、業者ではなく個人が持つGDPRが進化していく時代において、「自分のデータに基づいて、適切な教育サービスをAIがマッチングしてくれたり、業者側が届けてくれる」ってことが起きるわけだけど、それって便利なようで、「データ経済社会に乗っていないけど、よいサービス」っていうのが選択肢に入らないってことになるかもしれないんだよね、ももの木保育園とかw
 
いや、そのころには、多分日本で生きるってことだけを選択肢に入れているっていう考え方が、選択肢が貧しいってことになるんだろうなあ。
 
インド、もう13億人のうち、11億人がパーソナルデータを指紋と虹彩で認証できる状態になってるらしいよ
 
https://uidai.gov.in/your-aadhaar/about-aadhaar.html
 
#インドのADAAAR半端ない

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