ヴィパッサナー瞑想体験記 ~体験としてパンニャってきたよ~ 第三話

ヴィパッサナー瞑想体験記 ~体験としてパンニャってきたよ~ 第三話

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ヴィパッサナー瞑想体験記 ~体験としてパンニャってきたよ~ 第一話

 

◆第三話 煩悩って生きる気力になるんじゃなかろうかと気づいた2日目

 
どうやらだいぶ疲れていたらしい。なんとか眠りにつくことができたようだ。

しかし、夜中に誰かの歯ぎしりで目が覚めた。
歯ぎしりの当人もストレスを感じているのだろう、致し方なしと思ったのだが、
いかんせん歯ぎしりが過ぎる。

歯ぎしりの音って、すごいよね。
なぜか、こちらまでむずがゆくなる。
音が波及させる身体的な感覚。

自分の身体の感覚は、今日の1日でちょっと敏感になった感じがしていた。

 
4時起床。もう少し寝ていたいが起きる。
顔を洗い、瞑想ホールへ。

 
また2時間、昨日と同じ鼻の呼吸をひたすらに感じる訓練。

 
今日も、気が付くとあたまにどんどん妄想が湧く。

 
ゴルフでスカーンとティーショットをするイメージ。
ああ、ゴルフしたいな。

 
海の家で、モヒートを作っている自分。
ああ、遊びたい!

 
日差しを浴びながら波待ちをしている自分。
ああ、海にいきたい!

 
 

〇〇したい、という欲求がぐるぐると頭をめぐる。

 
ひとつひとつは小さな欲望。
大それたことじゃない。

 
でも、自分の中に繰り返し上がってくるのは、
日常の中でできる、小さな小さな欲求。

 
休憩時間に狭い庭をぐるぐると歩きながら、ふと気づく。

 

「ああ、おれは、ただこんなことがしたいだけなんだな」

 
歩みを速めながら、独り言ちる。

「なんもしたくないって、言ってたはずなのにな」

 
5分と座ってられず、煩悩だらけの自分に、ニヤケ笑い。

 
「もしかしてこの煩悩ってやつは、生きる気力ってやつなんじゃないか?」

 
そんな風に感じたら、
呼吸に意識をもっていくことの邪魔になっていたそれらの煩悩が、
なんだか愛しく思えてきた。

「ふふふ。そうだね、たしかにおれはそんなことがしたいね。
わかったよ。帰ったらしよう。」

 
自分の小さな欲求たちを認めてあげたら、ふっと力が抜けるのを感じる。

 
瞑想して、立派な人間になろうなんて思ってなかったつもりだけど、
どうやら気が付かない間にだいぶ力が入っていたのかもな。

 
いいや、こんな感じで、集中できなくたって、そのまんまの自分をすこしずつ見つめてみようじゃないか。

 

座るのがちょっとだけいやじゃなくなってきた。そんな2日目。

 
煩悩を持ってはいけない、煩悩を取り去ろう、と
煩悩をいけないものとして捉えてしまうけど、
そう思っているうちは煩悩が自分を苦しめる。

腹立ちも、欲求も。
それらが自分の中に湧き上がってくるのに、まずは気づく。
それが第一歩。
次に、煩悩を否定しないで、まああるよね、と受け入れる。
それが第二歩。

その一歩二歩を、歩んでいたら、このあとふっと次のステージにいったのだけど
それは次の回に書きます。

 

ちなみに2日目にもうひとつ気づいたのは、

「人は日々、こんなに屁をこいているんだな」

ということ。

 
聖なる沈黙では、お互いに話すことはおろか、会釈のようなノンバーバルコミュニケーションも控える。
ゆえに、お互いの存在を意識しなくなる。
結果、人前で放屁することに遠慮がなくなる。

 
話声のないトイレに、食堂に、空の下に、ただ放屁音だけが響く。

 
夜は、部屋に歯ぎしりが響く。

なんだかなあ。

 

つづく。。。

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