できない自分が認められない

できない自分が認められない

前回のブログへの感想に、

「キレゆるになるとモテるのですか?」

という質問をいただきました。

 

 

「キレキレのときよりは、ましな程度(当社比)」

の感じです(笑)

 

 

ちなみに、
どんなにキレキレだとしても、

 

かっこよければ、モテます。

 

それはこの世の常です。

 

 

そして、

 

僕はその世界を知らないまま、現世を生きていくことでしょう(笑)

 

諸行無常、なむなむ。

 

 

 

さて、前回の続き。

 

「肩の力、どうやれば抜けるんですか?」

 

と逆に力の入っちゃう僕は、なぜ力を抜けなかったのか。

その理由は、

 

キレキレであることをやめることが怖かったから。

キレキレである自分を捨てるのが怖かったから。

 

なんでこうなっちゃったのかなあ、と昔の自分を思い出してみた。

 

 

(ここからモノローグ回想モード笑)

 

 

小学校の時は、けっこうナチュラルだったと思う。

小学5年生だったかな、

 

 

「ふじのの、真剣だけどたまにひょうきんなところが好きなのよね」

 

って言ってくれた女の子がいた。

 

女の子はすごいね、もう小学生の時には、ぜんぶ見透かしちゃうんだね笑

 

自分の子供を見ていて思うけど、こどもってもともと自然体だから。

 

 

でも、その子供がどんどん肩に力が入っていく。
心も、体も、カチカチになっていく。

 

 

それが大人になっていくってことなのかもしれないけど、
子供を抱きしめてあげて、体の力を緩めてあげることがだいじだよね。
(その話はまた別で書こう)

 

 

中学高校、進学校の男子校。
僕なんかよりもっとキレキレな奴らがそろっていたなあ。
オモローなやつもいっぱいいた。
(その話もまたいつか書こう)

 

 

大学、田舎の筑波大学(つくばエクスプレス開通前の陸の孤島)。
ここでは、キレキレとゆるゆるの両方をもてていたなあ。だから、とってもたのしかった。

 

 

となると、やっぱり社会人になってからなのかなあ。
どんどん力が入っていったのは。

 

 

2002年、けっこうな就職氷河期の中、
偶然、アクセンチュアというコンサルティング会社に入社することになり、
新人研修では、頭のいい大学から、頭のよさそーなメンバーがたくさん集まっていて、
「がんばらなきゃ」と力み始める僕がいた。

 

 

でも、飲んでみるとアホなやつばかりで、自分らしさをすこし取り戻すこともできた。
仲間のおかげ。

 

シカゴで受けた全世界のアクセンチュアの新人が集まる研修でも、同じだった。

 

青色の瞳のロンドンオフィスのメンバーも、

「夜になれば同じアホな人間」

ってことがわかって、たのしかった。

 

 

 

日本に戻ってきて、研修の卒業式。

研修を担当してくれたトレーナーとの配属先を話し合う面談。

 

「ふじのくんさあ、どんな仕事がいい?」

「どんな仕事でもやります!」←もうすでに力入ってる(笑)

「プログラミングがあるジョブ(プロジェクトのこと)でもダイジョブ?」

「うーん、なんとかします!」←ほんとは超やだ。

 

 

そして配属。

 

そこは、日本のダイジな機関の内部システムを管理運営する部署だった。

 

赤坂のアーバンなオフィスから離れて、
同じ赤坂でも、割と雑居的な(笑)ビルの2F。
1Fはファミリーマートだった。

 

20人くらいが集まるオフィス。

季節は梅雨の6月終わり。

半そでの私服の先輩が半分、多分彼らは客先に行かないプログラマー。
時たま着るためのスーツが壁にかかってる。
そして、マネジャーたちは、スーツ。

 

 

配属されたのは僕一人。

部屋に入ったその瞬間、僕の筋肉はこわばった。

みんなが、必死な顔だったから。

笑顔で挨拶するはずだったけど、僕の顔もこわばっていくのを感じた。

 

 

いや、僕の心がカチカチだったから、
みんなの顔が必死に見えていたんだろうか??

 

 

そのプロジェクトに配属された何もできない新人コンサルタントの僕。

何もできないだろう、ということはわかっていたけど、

あんまりにも何にもできない自分に悲しくなっていく。

 

 

でも僕は、

できない自分が認められなかったのだった・・・

 

そしてその「虚勢」こそが、モテないキレキレ人間を生み出していくのだった・・・

 

 

(なんか暗いね笑 しばらくこの感じで続きます!)

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