宿題はやったんですけど、ノートうちに置いてきました。

宿題はやったんですけど、ノートうちに置いてきました。

13年前の記憶を掘り返しながら書いていると、

「こういうこともあったよ」
「こういう話だったよね」

といろいろな感想やフィードバックをもらって、
古い記憶がぐるぐる回って変な感じ。

今回で、仕事ができなかった新人の話は終わります。

さて前回の続き。

「サーバーのキーボードにうん○して、会社辞めてやる」
とか夜中に同期に電話しちゃうような状況に追い込まれていた僕は、

バックアップを取り忘れる

という恥ずかしい事態を引き起こします。

しかも、そんなときに限って、バグが起こるのです。

出社してみるとざわつく社内。

どうやら、お客さん先でサーバーがダウンしたらしく、
急きょ復旧作業にあたる必要が出たとのこと。

当時の僕には、さっぱり状況が呑み込めなかったのですが、

「ふじのクン、バックアップとってある?」

という言葉で目が覚めたことだけは覚えています。

肝を冷やす、とはまさにこのこと。

ひやっとする汗が流れ
心臓がトクンと動き
なんか変な「虫」みたいなものが全身を駆け巡りました。

そして、「自己保身」というスイッチが入り、
僕は実に情けない一言を発します。


「とったとおもうんですが・・・」

まるっきり、「嘘」です。

とったと思うんですがの、「」の部分に
「罪悪感」が顔を出しています。

僕の答えを聞くや否や、
先輩たちはすべてを察したかのように、踵を返し、
それぞれの「役割」を果たしに行きます。

僕を責めることなく。

今から思うと、さすがだなあと思います。

でも当時の僕には、そんな風に思う余裕はとてもありませんでした。

「宿題はやったんですけど、ノートうちに置いてきました。」

的なことを言っちゃってる自分が、情けなくて情けなくて。

その日、僕が何をしたか、覚えていません。

言われたことをいっしょうけんめいこなしたかもしれませんし、
何もしなくていい、と言われたかもしれません。

いま覚えているのは、その日から

「こんな自分じゃなかったはずなのに」

と自分を責めるスイッチが入ったということです。

それまでの僕は、

「仕事が嫌だ」
「上司が嫌だ」

と周りを責める自分がほぼ100%でした。

でも、
「宿題を忘れたことを言えない小学生」
である自分に気付いた時、

「ああ、これ、悪いの俺だわ。」

と、ようやく理解したのでした。

「もう俺、会社辞めたい」という僕に対して、

群を抜いて頭がよく、記憶力もあって、仕事もできて、イケメンな同期は、

「会社辞める覚悟があるなら、自分が本当にやりたい仕事があるんだ

ということを上司にいったらいいじゃないか」

とアドバイスしてくれました。

それから間もなく、プロジェクトを仕切っているマネジャーに時間をもらい、

「すみません、僕をプロジェクトから外してください」

と伝えました。

マネジャーは、

「サポートしてあげられなくてごめんな」

と気遣ってくれたことを覚えています。

たしかその後、人事的なポジションの方と、

青山一丁目のおしゃれなカフェで、
サラダに苦い野菜が入っているランチをとりながら、

「これまでどんなことがあったか、これからどうしたいか」的な話をしたのでした。

「藤野君、プロジェクトを抜けるのは簡単だけど、今のところでもう少しがんばるという考えはないの?」

と励まされたのだけど、僕には快活さが全くなく、

「もう一度ゼロからやり直したい」と答えたのでした。

人事的なポジションの女性は、

「藤野君、プロジェクトを自分都合で抜けるということは、
周りに迷惑をかけることでもあるし、
あなたの人事評価にバツがつくってことなんだよ。」

と優しく、そして厳しく話してくれました。

僕はそれでも、
「もう一度やり直したい」と答えました。

僕が取り戻したかったのは、

○が多かった人事評価ではなく、

元気で、前向きで、すぐにイライラするけど、
人の役に立とうと全力でがんばろうとする僕自身

だったのです。

「わかったわ。がんばってね」

最後笑顔で送ってくれたそのバックオフィスの女性から見れば、

ただのわがままな新人だったことでしょう。

事実、ぼくはわがままでした。

他人からの評価を気にするんじゃなくって、
自分の好きだった自分を取り戻してみたい。

いま、この記事を書いていて、
そんなわがままを受け入れてくれた当時のオトナたちに
感謝のきもちがわいてきました。

その当時は、チコリーの苦さばかりが印象に残っていたのだけれど。

はじめてのプロジェクトには、3か月くらいはいたのでしょうか。

ファミリーマートの入っている雑居ビルから荷物を引き上げた僕は、

「その日の席はその日に決める」というフリーアドレスの
青山一丁目の本社に移動し、新しいプロジェクトに関わることになります。

そのプロジェクトはいわゆる、「上流工程」というやつで、
今からクライアントにインタビューをして、課題を整理し、提案をしていくというものでした。

メンバーは、
キレキレのパートナー(取締役)と
キレキレのシニアマネジャー(部長)と、
すこし「抜けている」新任マネジャーと、
落第を食らった新人アナリストの僕、
という4名。

たくさんのキレキレの人を目にすることで、
僕の仕事観も少しずつ変化していきます。

※ここで、ちょっとだけ回顧録は小休止。

次回以降は、キレキレとゆるゆるの関係性について、書いていきたいと思います。

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